今日は3月11日です。この日が来ると思いだすことがあります。
かつて東日本大震災を在宅で経験された、人工呼吸器管理が必要なお子さんを持つお母さんとのお話です。
あの日、経験したことのない激しい揺れの中で、お母さんが真っ先に考えたこと。 それは、避難場所を探すことではありませんでした。
「どこにいれば、二人同時に死ねるか。必死にそれだけを探しました」
その言葉に、私は返す言葉を失いました。
なぜ「生きる」ではなく「同時に死ぬ」だったのか
お母さんは、その理由を静かに教えてくれました。
「私だけが生き残っても、もちろんダメ。 でも、子どもだけが生き残っても、ダメなんです」
重い障害を持つお子さんのケアは、極めて個別性が高いものです。 もし子どもだけが助かり、どこかの病院や施設に運ばれたとしても、その子の特性や細かなケアの作法を、現場の職員がすぐに理解して適応することは容易ではありません。
「すぐに対応できなければ、この子は生きていけない。だから、一人で残していくことはできなかった」
ふたりとも助かるとは思えなかった極限状態で、お母さんが出した答えが「同時に死ねる場所を探す」ということでした。
24時間365日の重み
その言葉の背景には、毎日24時間休みなくお子さんの命を繋いできた、想像を絶するような葛藤と覚悟が積み重なっています。
「重い言葉」という表現だけでは足りないほどの、命の実感。 医療者である私たちが、安易に「分かります」と言えるようなものではありません。
私たちが受け取るバトン
今、私はこのお母さんの話を胸に刻んで働いています。
在宅での生活から病院へ来るとき。あるいは施設へと移ってくるとき。 そこには、家族が命がけで守ってきた「その子だけの生きるリズム」があります。
お母さんが「この場所なら、二人で生きていける」と心から思えるように。 預けられた命の重みを引き受け、その個別性にどこまで寄り添えるか。
あの日、お母さんが必死に探した場所が「死に場所」ではなく「安心して生を託せる場所」になるように、これからも向き合っていきたいと考えています。

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