先日、6年生の息子のWISC結果(言葉の理解力が高く、処理速度との差が50もある「2E」)を持って、小学校の通級面談に行ってきました。
そこで話し合ったのは、主に彼の「現在の様子」と「中学校への引き継ぎ」について。 結果から言うと、彼の確かな「成長」を感じて嬉しくなった半面、中学校という未知のシステムに対するリアルな不安が、さらに色濃く浮き彫りになる面談でした。
「起立、礼、着席」を揃える世界へ。中学校の合理的配慮は未知数
一番の懸念事項である中学校進学について、先生に相談しました。 小学校からの引き継ぎの際に「こういう特性があり、こういう配慮が必要です」という情報はしっかり伝えてもらえるとのこと。
しかし、「中学側が実際にどこまで合理的配慮をしてくれるかは、行ってみないとわからない」と現実的な回答をいただきました。中学の通級に通うかどうかの相談機会はあるものの、「通級の相談」と「学校生活全体での配慮(例えば板書の免除など)」は、また別の話なのだそうです。
正直、不安が尽きません。 なぜなら、すでに中学生の娘の生活を見ていると、中学校というのは「式典の時の起立・礼・着席のタイミングを全員でピシッと揃えるための練習」を延々とするような、同調圧力が極めて強いシステムだからです。
「差が50」という極端な脳内渋滞を抱え、頭の中で大人びた複雑な思考を広げている彼が、全体行動と規律を重んじる中学校の枠に、果たしてどう収まるのか。いや、収まろうとしてまた小3の時のように壊れてしまわないか。心配は募るばかりです。
2Eの息子たちが気を抜ける「オアシス」の存在
一方で、現在の彼にとって「通級」がどれほど重要な場所になっているかもわかりました。
通級での彼は、完全にリラックスモード。先生に対してもかなりラフな感じで話しているそうです。 先日も、同じく通級に通うお友達(おそらく息子と同じような2Eの同志!)と、 「この部屋に入ると、俺たちリラックスモードになるよね?」 「あーわかる、わかる!」 と、いっちょ前に共感し合っていたのだとか(笑)。
それを聞いて、学校というしんどいシステムの中に、彼が完全に鎧を脱いで深呼吸できる「安全地帯(オアシス)」として通級が機能していることを、本当にありがたく思いました。 (とはいえ、先生に対してラフになりすぎるのは困るので、帰宅後に「安心できるのは良いことだけど、先生への緩みすぎは厳禁!」としっかり釘は刺しましたが。)
言語理解が突出しているからこそ「言葉を使い分けて、疲労する」
そして今回、先生からの言葉で一番ハッとさせられたのがこれでした。
「お友達との関係を見ていると、状況や相手によって、言葉遣いや対応をすごく気にして使い分けている様子があります。だからこそ、学校生活はかなり疲れるのかもしれませんね」
たしかに疲れるみたいです。 彼は、自分と周囲の同級生との「思考のズレ」や「使う言葉の違い」を敏感に察知しています。浮かないように、相手を怒らせないように、空気を読んで自分の出力する言葉をチューニングする(過剰適応する)術を、彼なりに身につけてるのかなとこの頃思います。
「差が50」もある脳の処理能力をフル稼働させて、常に周囲の様子をスキャンし、言葉を翻訳して出力する。それは、帰宅後にぐったりするほど疲弊して当然なのかもしれない。
でも先生は、こう言ってくれました。 「状況や人によって言葉遣いを考えられるようになったのは、ものすごい成長ですよ」
「処世術」を武器に、中学校へ
小学校の「普通」の枠に収まらず、チック症状を出して苦しんだ小3の壁。 そこから合理的配慮を受け、自分の特性を客観視し、相手に合わせて言葉を使い分けるという高度な「処世術」を身につけた現在。
相変わらず処理速度は低く、苦手なことは多いけれど、彼は彼なりにこの社会で生き抜くための戦い方を着実にアップデートしています。
中学校という厳しい環境で、その処世術がどこまで通用するのか、配慮は得られるのか。親としては不安でいっぱいですが、彼が外で戦って疲れて帰ってきた時に安全地帯でありたいと思ってます。反抗期とか来たらどうしたらよいのかわからないけど。

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