「2人目に生まれたかった」娘の正論に、ぐうの音も出なかった話

こども

先日、中学生の娘から、なかなかヘビーな「異議申し立て」を受けました。

「私も1人目じゃなくて、2人目に生まれればよかった。絶対そのほうが得だよ」

彼女の言い分を整理すると、驚くほどロジカルで、かつ親の痛いところを的確に突いています。

娘が主張する「次男・次女最強説」

  • 親の「試作機」にされる問題:「パパもママも私で失敗したら、弟のときはやり方を変えるでしょ? 弟は初めから正解(改善後)を与えられてずるい」
  • 攻略本を最初から持っている問題:「学校の状況だって、私が行って初めて知ることを、弟は入る前から知ってる。圧倒的にうまくいく確率が高いじゃん」

……おっしゃる通りです。反論の余地がありません。

親だって人間ですから、1人目のときは「何が正解か」分からず、全力で空回りしたり、過剰な期待をかけてしまったり、あるいは厳しくしすぎたり。その反省を2人目に活かしてしまうのは、ある種「親の成長」なのですが、子供からすれば「私はベータ版か!」と言いたくもなるでしょう。


第1子が抱える「見えない重圧」

実際、出生順位に関するデータでも、第1子は以下のような傾向になりやすいと言われています。

特徴背景にある理由
完璧主義になりやすい親の視線を一身に浴び、期待に応えようとするため
責任感が強い「お姉ちゃん/お兄ちゃんでしょ」という刷り込み
プレッシャーに弱い失敗を許されない空気感(親も初めてで余裕がない)

親も初めての子育てに必死すぎて、無意識に「100点満点」を求めてしまうんですよね。2人目になると、いい意味で親に「諦め」や「余裕」が出てきて、「生きてればOK!」くらいのスタンスになる。この温度差が、上の子には「ずるい」と映るわけです。


「ママも1人目なんだよ」という、精一杯の返し

娘の言い分に「確かにそうだよね」と同意しつつ、私が返したのはこんな言葉でした。

「でもね、ママも『1人目の子供を持つ母親』としては、あなたと同じ。一緒に初めての道を歩いてるんだよ」

弟のときは、私はすでに「母親2年生」だけど、あなたの前では常に「1年生」。

手探りで、失敗して、あなたに謝りながら進むしかない。

いわば、私たちは「同期」なんだよ、と。

娘がどう納得したかは分かりませんが、親もまた、第1子によって「親」にさせてもらっているのは紛れもない事実です。


結局、配られたカードで勝負するしかない

「何番目に生まれるか」は、人生で最初にして最大のガチャかもしれません。

選べないからこそ、不公平に感じるのは当然です。

でも、第1子には「親の愛情を独占した時間」が必ずあります。

2人目にはない、濃密で、不器用で、全力投球な愛情を最初に受け取ったのは、間違いなくあなたなのだから。

「選べないことは、もう許して!」

そう開き直りつつ、今日も試行錯誤しながら、1人目の母親を「更新」していこうと思います。


編集後記

娘の鋭すぎる分析を聞きながら、「この分析力があれば、どこでも生きていけるよ……」と心の中でエールを送ったのは内緒です。

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